どうもパパかっぱです。
今日は完全オフの家族デーです。
地元の小さなお祭りがあるので、行ってきます。
子供達も甚平に着替えて、楽しみにしています。
かわいいですねー。
地域のお祭りですが、一応夜には花火も行われます。
今年初花火です。
たまや~、かぎや~ってなに??
ところで、花火みながら「たまや~」って叫びますよね。
私が学生の頃だったかな?
テレビでちびまる子ちゃんを見てて、
“えっ、たまや~ってまるちゃんが叫んでるけど、なに!?全然聞いたことないんだけど…”
ってなった記憶があります。思春期だったので、母親にもなんとなく聞けず。
時は過ぎ・・・32歳になってしまいました・・・。
あれってなんですか??ずっと気になってたので調べてみました。
調べるのおそっ!
花火といえば「たまや~、かぎや~」という掛け声が有名です。
これは江戸時代の「玉屋」と「鍵屋」という江戸の二大花火師に由来しています。
現在でも夏の恒例行事となっている隅田川花火大会の原型である「両国の川開き」が1733年に行われました。
この時に花火師を勤めたのが6代目「鍵屋弥兵衛」という花火師でした。この時の花火が江戸中で大評判となり鍵屋の名前が広まりました。
その後、鍵屋の7代目清七という花火師が鍵屋から分家して「玉屋」という花火業者を始めました。以後、両国の川開きは、上流に玉屋、下流に鍵屋がそれぞれ舟を出し、2大花火師が技を競い合い、民衆が「たまや~、かぎや~」という掛け声を掛け合いながら、花火を鑑賞していました。
玉屋の人気は鍵屋を凌ぐもので、この時代の浮世絵の題材にもなるほどでしたが、1843年に大火事をおこしてしまい、江戸を追放されてしまいました。この為、玉屋は1代限りで断絶してしまいました。その後は鍵屋だけで両国川開きの花火を支えていきました。
しかし、現在まで「たまや~、かぎや~」という掛け声が当時の名残として受け継がれています。
「玉屋」と「鍵屋」という江戸の二大花火師
なるほどー、花火師の名前だったんですねー。
作った人の名前を叫ぶってなんか不思議ですね。
パソコンのMacとWindowsに向かって
「ジョブス~~~」
「ゲイツ~~~」
って言ってるようなもんですよね。
違うかな??(笑)
玉屋は江戸を追放されたんかーい
玉屋の人気は鍵屋を凌いでいたが、大火事で江戸を追放されてしまい、玉屋は1代限りで断絶してしまったとのこと。その後は、鍵屋だけで支えていたそうな。
今よく言う掛け声って、“たまや~”のほうがよく聞きますよね。
正直かぎや~ってあんまり聞いたことなかったです、私は。
時代の寵児と言いますか、パッと出てパッといなくなったほうが、インパクトがあり、記憶にも残りやすいもんなんですかね。
皮肉というか、なんというか。
鍵屋派へ
天邪鬼の私はあえての“かぎや~”って叫んでみようかな、と思います。
親がこれらの掛け声の歴史を知らなかったら、あたかも知っていたかのような顔で説明してみようかな、ともくろんでおります。
みなさまも良い夏ライフを。
では。